カテゴリー「神社巡り 兵庫」の6件の記事

2008年7月23日 (水)

越木岩神社(H20.7.21)

●越木岩神社(西宮市甑岩町5-4)
越木岩神社は、創立不詳と言われるほど遠く古代より信仰を集めており、千年以上昔に編纂された延喜式神名帳に大国主西神社と記されているのがこの神社であろうと言われています。正保年間(1644年頃)に社殿が再建され、明暦二年(1656年)に円満寺の教順僧侶が「福神」の総本社西宮神社より蛭子大神を勧請し、蛭子太神宮と称しました。元々は当地にある甑岩等の磐座を祀ったもの。甑(こしき:セイロ)に似ていることから甑岩と呼ばれています。蛭児大神を勧請してから、甑岩は岩社として祀られています。

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▶正面の鳥居は震災で倒半壊し、翌年復興しました。

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▶旧鳥居は復旧復興の碑として保存されています。

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▶力石。

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▶境内にはヒメユズリハ群落、スダシイ=ヤブコウジ群落などの暖帯林が茂っていて、これらは大変貴重なもので、県の天然記念物に指定されています。

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▶蛭子大神宮。現在のご本殿は昭和11年に、拝殿は昭和58年に造営されました。

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▶拝殿の左側に脇道があり、そこを行きますと、神の宿るという巨大な霊石「甑岩(こしきいわ)」につきます。 

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▶土社。御祭神は大地主大神。

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▶岩社。甑岩神祠・厳島神社の御分霊をお祀りしています。

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▶この巨岩は、その形状から子授けの神様、安産の神様としても信仰され、全国的に知られています。周囲約40m・高さ10mの大岩。酒米を蒸す時に使う「甑(こしき)」という道具に似ていることから「甑岩(こしきいわ)」と名づけられ、昔から信仰の対象とされてきました。今から400年ほど前、豊臣秀吉が大阪城・築城に際し、城の石垣にする石を送るようにと全国の大名に命じます。この岩に目を付けたある大名が、人々の制止にも耳を貸さず、家来に命じて切り出しにかかったところ、ある日ノミを打ち込んだ岩の割れ目から白い煙が立ち昇り、それを吸った石切職人達は手足を震わせ、苦しみもだえて斜面をころがり落ち、やがて息絶えたそうで、即刻、石の切り出しは中止されたとも伝えられています。

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▶池田備中守長幸家紋。大阪城築城のために切り出そうとしていたときの城主の刻印。

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▶結局どうしても運び出せなかったそうで、境内に今でも当時の残岩が残っています。

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▶六甲山社。菊理姫大神をお祀りしています。

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▶稲荷社。白玉稲荷・大崎稲荷(伏見稲荷大社の御分霊)をお祀りしています。当社の大崎稲荷のお稲荷さんは、世間一般のキツネではなく、タヌキがお守りされているそうです。

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▶遥拝所。ここから伊勢神宮・宮中三殿、皇居にある賢所(かしこどころ)、皇霊殿(こうれいでん)、神殿(しんでん)・各社を遥拝できます。

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▶甑不動明王。ずいぶん以前から鎮座されていたようです。平成6年末、上半身の盗難にあい、平成9年に、現在のものに新調されました。今でも、後本体の背後に下半身のみのお姿が残っています。どちらも千葉の成田さんに抜魂・入魂をしていただいているそうです。

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▶罔象免(みずはのめ)神社。罔象免大神(大古より湧き出でる霊水)をお祀りしています。境内のMapには水神社と記載されていました。松尾芭蕉も、この地を訪れ、『さざれ蟹 足這い上がる 清水かな』と詠いました。このご神水は、随分昔から(室町時代)病気に効能があると、汲みに来て飲用し、直ったと言う話が伝わっているそうです。今でも、飲用される方や、家の周囲にまく方、中にはうどん屋さんが釜の中に数滴入れて茹でると何とも言えないいい味が出るようになり、子授かりにも効果があったと言う話もあるそうです。

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▶甑岩からさらに奥にいくと貴船社があります。越木岩神社のHPでは雨乞社と記載されています。

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▶貴船社。貴船大神・龍神をお祀りしています。六甲山に残る「石の宝殿」を遥拝する祠とされています。祠の裏に長さ数mもある巨石群が、山のように積み重なっています。

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▶貴船社のさらに奥に進みます。

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▶古社 稚日女尊宮(わかひのめのみことのみや)。明らかに岩石信仰の残る場所で社境内の中でも最も最奥部にあります。ご神体甑岩が女性神で、境内地内における陰陽対称として崇めたてられている。男性神という説もあります。ここは北の磐座とも呼ばれています。

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▶甑岩への裏参道。

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▶裏参道横の祠。境内のMapにも記載がなく、御祭神等は不明です。

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▶越木岩神社御朱印。

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門戸厄神(松泰山東光寺)(H20.7.21)

●門戸厄神(松泰山東光寺)(兵庫県西宮市門戸西町2-26)
門戸厄神という呼び名の方が知られていると思います。阪急電鉄の駅名も門戸厄神です。正式名称は松泰山東光寺。 当寺は嵯峨天皇の勅願所として弘法大師により天長六年(829)に開基と伝えられています。東光寺という名称は薬師如来様の住む浄土、東方浄瑠璃世界から光を発せられる寺という意味で名付けられました。通称名である門戸厄神(厄神さん)と呼ばれることの方が多く、厄除祈願のお寺として広く親しまれています。
東光寺には、日本三体厄神の一つである日本三躰厄神明王(両頭愛染明王)が奉られています。寺伝によれば、嵯峨天皇の41歳の御厄年の時、愛染明王と不動明王が一体化し、諸々の災厄を打ち払い、魔障を打ち平らげる霊威を夢幻に感得したのを弘法大師がお聞きになり、大師自ら白壇木に愛染明王と不動明王が一体になった明王像を刻まれました。厄神明王像(両頭愛染明王像)を三体刻み弘法大師により厄除祈願が行われ、その際嵯峨天皇は愛染明王と不動明王が一体となって厄神明王となりあらゆる厄を打ち払うという霊感を得、空海に祈願を命じた。弘法大師は愛染明王と不動明王が一体となった厄神明王像(両頭愛染明王像)を三体刻み、一体は高野山の天野明神へ国家安泰として、次の一体は石清水八幡宮へ皇家安泰として、残る一体は一般庶民守護のためにお祀りされていますが、現在残っているのは東光寺のもののみとなっています。
毎月19日には厄神明王の縁日として行事が行われ、特に毎年1月18日・19日の厄神大祭と2月3日の星祭(節分)は、その年の前後に厄年を迎える人々を中心にした参詣者で大いに賑わいます。 また11月19日には人形供養も行われます。参道には屋台の店が並び、日ごろ静かな旧西国街道から参道にかけて人の波は途絶えることを知りません。 この年に厄除けをする人は男坂・女坂を上り境内に入り、厄神堂・大黒堂・愛染堂などにお参りします。 厄除開運以外にも家内安全・商売繁盛・無病息災など諸願成就の御霊徳があるとされています。

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▶阪急今津線軌道沿いの道から一つ西側の道を進むと、二基の常夜灯が立ち左折すると門戸厄神への参道があります。門戸厄神へ向かって右側の常夜灯脇に立てられているのがこの道標です。この道標は門戸厄神駅から西へ伸びる西国街道沿いに五十メートルほど進んだところに立てられていたらしい。立てられたのは大正11年1月。昭和34年に門戸厄神駅前整備で失われようとしていたこの道標を、元あった場所からここに移し保存されたものといわれます。

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▶42段の男厄坂と呼ばれる厄年にちなんだ階段。この階段には一段一段登ることで厄を落とすという意味があります。

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▶表門。阪神大震災で全壊し再建されました。

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▶不動堂(護摩堂)。不動明王をお祀りしています。不動とは揺るぎない悟りの心のこと、また忿怒の相は、如何なるものでも屈服させ救済しようとする姿を表しています。このお堂で、そえ護摩のお焚き上げを行います。

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▶地蔵尊様と思われますが、詳しいことは解りません。

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▶子守地蔵尊。うしろの階段が女厄坂です。

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▶33段の女厄坂。

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▶中楼門。

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▶薬師堂。ご本尊薬師瑠璃光如来をお祀りしています。通称お薬師さん。その大願の一つに「私の名を聞けばいかなる病も悉く除かれ、身も心も安楽になる」といわれ、別名大医王とも呼ばれています。額には「瑠璃光殿」と書かれていました。

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▶薬師堂内部。

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▶大黒堂・愛染堂。大黒天と愛染明王をお祀りしています。大黒天は大国主命になぞらえられて、円満なお顔の財福神として台所に祀られ、また七福神の一人で商売繁盛の仏様でもあります。当寺の大黒様は蓮の葉の帽子をかぶり、蓮の葉の台座に立っておられます。愛染明王は全身が赤色で愛情・愛欲を表し、煩悩そのまま菩堤心であることを悟らせ縁結びの本尊でもあります。

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▶厄神堂。日本三躰の厄神明王をお祀りしています。

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▶延命魂(根)。高野山奥の院、弘法大師御廟近くの参道に、高さ60メートル、樹齢八百年を経た老杉が天空にそびえ立ち、お大師様を守護しておりました。生命をまっとうしたその杉根を、この度高野山金剛峯寺より当山へお下げ賜った霊木であります。800年もの永い間、幾千万人もの人々の祈りと神仏の魂がこもった霊木でありますので、延命や、病気平癒(全快)のご利益があります。「延命魂(根)」にふれ、さわり、ご自分の体の悪い所、あるいはお願い事を祈念しておかげを頂きます。

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▶大師堂。真言宗の宗祖弘法大師空海上人をお祀りしています。

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▶大師堂の前の碑。詳細は解りません。

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▶稲荷社。厄神堂の後ろに祀られています。稲荷社・奥の院の存在を知っている人はほとんどいないではないでしょうか?私も今回初めて知りました。

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▶奥の院。稲荷社・奥の院についてはパンフレットにも詳細を記載されていないので、よく解りません。  

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▶奥の院横の仏様。詳細は解りません。

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▶弘法大師(修行大師)と四国八十八ヶ所。四国八十八ケ所は弘法大師を慕い、その御遺跡を遍礼せんとして始まりました。ここには四国各札所の砂を敷き、各本尊をお祀りしています。

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▶手軽に八十八ケ所巡りをすることができます。

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▶東光寺納経印。

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2008年6月12日 (木)

西宮神社から円満寺・西宮成田山(H20.6.12)

●西宮神社(兵庫県西宮市社家町一番十七号)
西宮神社は地元ではむしろ「えびす神社」の名前で通っています。全国に「えびす神社」は3500社以上も存在するといわれ、その「えべっさん」の総本社が、兵庫県西宮市に位置する西宮神社。えびす神社の総本社として古くから崇敬されている西宮神社は、銘酒の産地として名高い灘五郷・西宮の中央に鎮座し平安時代には、すでに高倉上皇の幣帛を賜った記録が残されている。
特に室町時代以降は、『えびす・だいこく福の神』といわれるように、えびす様が福の神の代表となり、又、西宮神社がその信仰の本拠として人形操や謡曲、狂言などの芸能をとおして、全国津々浦々にまでそのご神徳が広まっていきました。戦国時代には、後奈良天皇のご寄進をうけたのをはじめ、桃山時代には豊臣秀頼、江戸時代には四代将軍徳川家綱によりご造営がなされました。また徳川幕府からは、御神像札の版権を得て、独占的に全国に配布、ますます社勢が盛大となっていきました。
明治以降は、交通機関の発達に伴って参拝者も飛躍的に増加し、一月九・十・十一日の十日えびす大祭には、三日間で全国から百万人を越す参拝者で賑わいます。同市内「廣田神社」と共に阪神タイガース毎年恒例の必勝祈願等でも有名です。

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▶表大門。慶長9年(1604)豊臣秀頼が寄進したと伝えられる門、左右の築地塀と共に重要文化財になっています。

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▶表大門の前に鎮座の梅宮神社。

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▶重要文化財 大練塀。

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▶拝殿。

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▶拝殿からご本殿。

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▶児社。

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▶庭津火神社。ご社殿がなく塚の形をした封土を拝する古い形を残した神社です。

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▶祓所。

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▶御神木なのでしょうか?お米がお供えしてありました。

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▶火産霊神社。

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▶百太夫神社。

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▶六甲山神社。

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▶大国主西神社。

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▶神明神社。稲荷神も合祀されています。

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▶松尾神社。

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▶ご社殿の前の木。幹から草が生えています。

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▶宇賀魂神社。

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▶伊勢神宮遥拝所。

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▶市杵島神社。

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▶市杵島神社を後ろから。

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▶1696年(元禄9年)に神池の石垣を寄進されたのを記念に彫られた石碑。

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▶神池には亀が多くいました。

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▶南宮神社。ここは廣田神社の摂社になります。

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▶沖恵美酒神社。オキノエビスジンジャと読みます。

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▶沖恵美酒神社ご本殿。

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▶南門。

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▶西宮神社御朱印。前に参拝したときに頂いたもので日付が違います。


●円満寺・西宮成田山(兵庫県西宮市社家町1-36)
円満寺は高野山真言宗・別格本山、山号は医王山。摂津国八十八箇所79番札所であり、本尊は薬師如来が祀られています。インドより来日し、播磨国一帯の山岳などに数多くの寺院を開いたとされる法道仙人が大化年間(645~9年)に開創されたと伝わる。また、一説には828年(天長5年)淳和天皇の后であった如意尼(摂津88ヶ所75番札所の神呪寺を開基)が開いたとも伝わる。古は西宮市鷲林寺町にある鷲林寺が当山の原点で、源平合戦以降の幾多の戦火で荒廃。戦国時代の織田信長が荒木村重を攻めた時には堂宇のことごとくが焼失したため、1577年(天正5年)ここに遷したもので、「今里鷲林寺」とも呼ばれ、現在に至っている。その後、幾度かの栄枯盛衰があり、昭和20年8月の空襲で諸堂悉く灰燼に帰し、その際、所蔵していた古記録も焼失して、詳しい歴史が解らなくなってしまった。戦後全て堂宇が再建されたが、阪神大震災でも西宮成田山の堂宇、納骨堂、庫裡が全壊した。
同じ敷地内に西宮成田山があり、不動明王が祀られております。不動明王は大阪成田山不動尊と同じく成田山新勝寺(千葉県)より勧請し、西宮成田山と称されています。

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▶西宮神社のすぐとなりにあります。

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▶円満寺と西宮成田山は門が別々になっていますが、境内は一緒です。

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▶円満寺本堂。ご本尊は薬師如来様。

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▶弘法大師様。

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▶子守地蔵尊。

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▶同じ敷地内に西宮成田山の堂宇があり、不動明王様が祀られている。

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▶神変大菩薩様。

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▶稲荷社と思われますが、祀られている神様はわかりません。表示もありませんでした。

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▶西宮成田山御朱印。

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2008年6月 9日 (月)

広田神社(H20.6.9)

●広田神社(西宮市大社町7番7号)
廣田神社は、神功皇后摂政元年(201)、国難打破の道を教え、皇子(第15代應神天皇)のご懐妊を告げ、安産を守り、軍船の先鋒となり導き、建国初の海外遠征に大勝利を授けられた天照皇大神荒御魂の御神誨により、御凱旋の帰途、神功皇后により武庫の地・廣田の国(芦屋・西宮から 尼崎西部)に御創建されたことが、我が国最古の国史書「日本書紀」に記されている兵庫県第一の古社です。延喜式官幣名神大社、勅祭22社の1社。源頼朝は(1184)淡路広田荘を寄進、豊臣秀頼は(1604)大規模な改築を末社・戎社を含め行い、徳川吉宗は現今の地に遷し改修。
阪神タイガースが球団創立時からの毎年優勝祈願にお参りすることでも知られた神社です。

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▶一の鳥居。この鳥居だけが木製です。

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▶長〜い参道。

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▶手水舎。比較的新しい。

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▶拝殿。

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▶拝殿からご本殿。

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▶第一脇殿の住吉大神様と第二脇殿の八幡大神様

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▶第三脇殿の諏訪健御名方大神様と第四脇殿の高皇産大神様。

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▶松尾神社。

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▶春日神社、子安神社、地神社、八坂神社、稲荷神社。

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▶伊和志豆神社。

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▶齋殿神社。

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▶鎮守の森。鎮守の森の中に遊歩道があります。

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▶道は整備されていますが、案内板が全くありませんので、どこを歩いているか解らなくなります。広田神社に参拝したほとんどの方はこの遊歩道があることを知らないのではないかと思います。私も小学生の時に遊んだ記憶はありますが、その後、約30年ぶりです。

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▶ご神水。

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▶急に激しい雨が降ってきました。

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▶ご神岩なのでしょうか?表示等がないので、云われはわかりませんでした。

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▶願頑祷ってなんなのでしょうか?これも説明がなかったので、云われは解りませんでした。

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▶私が知る限り、広田神社境内で唯一しめ縄で祀られた御神木。私も何度も広田神社にはお参りしておりますが、初めて見ました。しかも、この松の木以外にしめ縄で祀られている木は1本もありませんでした。


●広田神社境外社 若宮神社(高座神社)

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▶小学生の頃、夏休みに地区のボランティア活動かなにかで境内の草むしりや掃除を小学生と父兄も一緒でみんなでした記憶があります。当時はここを公園と思っていました。30年近く前のことです。

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▶小学生の時は若宮神社を隣の公園と一緒と思っていました。当時は社があることも気付かずにいました。というより全く記憶がありません。

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●広田神社境外社 武甕槌神社

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▶若宮神社の向かい約15Mぐらいの場所に鎮座されています。昭和52年再建とのことですが、この武甕槌神社と若宮神社の近くに30年近く住んでおりましたが、武甕槌神社にお参りができるとは当時は知りませんでした。祠があるだけとばかり思っていました。

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▶ここから入れるんですね。

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▶鎮守の森?を通って、階段を上ると社があります。

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▶この武甕槌神社の社のちょうど向こう側が若宮神社になります。

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▶広田神社御朱印。前に参拝したときに頂いたもので、日付が違います。

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▶札場筋にある明治31年に建てられた道標。

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2008年6月 3日 (火)

生田神社(H20.6.3)

●生田神社(神戸市中央区下山手通1丁目2-1)

阪急三宮駅のそばにある。生田ロードを北上していくと、東急ハンズを越えて、真っ赤な鳥居が見えます。
生田神社に祀られている神様は稚日女尊(わかひるめのみこと)といい、稚く瑞々しい日の女神様であり、伊勢神宮にまつられている天照皇大神の御幼名とも伝えられているそうです。生田神社の歴史は古く、西暦201年に神功皇后が三韓外征の帰途、神戸港でお船が進まなくなったため神占を行ったところ、稚日女尊が現れ「われは活田長峡国におらむと海上五十狭茅に命じて生田の地に祭らしめ。」と日本書紀に記されている。
平成7年1月17日の阪神大震災で倒壊した社殿も今は復旧しています。

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▶楼門。

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▶拝殿。

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▶拝殿からご本殿。

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▶ご本殿右側の住吉神社と八幡神社。

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▶ご本殿左側の諏訪神社と日吉神社。

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▶蛭子神社

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▶戸隠神社。

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▶稲荷神社。

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▶人丸社、雷大臣社、塞神社。

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▶御神木。

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▶包丁塚。

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▶紀香効果のせいでしょうか?絵馬もハート型が多いです。

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▶折鳥居と礎石。

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▶梶原の井。

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▶大海神社。

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▶松尾神社。

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▶松尾神社の祠で寝ている大胆なネコ。

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▶生田の森の御神木。後ろに見えるのは生田森坐社?。生田の森は普段は入れません。

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▶陣内智則さんと藤原紀香さんの挙式で新名所になったが市杵島神社。
紀香さんが式当日一番に弁天さんにお参りしたいと参拝されたそうです。それまでは神社で遊ぶ子供達が池に落ちる危険があったため、鉄柵で囲まれて、一般参拝客はほとんど存在さえ知らなかった場所です。紀香さんが式当日に参拝した事から一般参拝客が出入りできるよう工事をはじまり、今ではだれでも参拝することができます。

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▶生田弁財天 市杵島神社。

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▶生田神社御朱印。

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伊和神社(H20.5.31)

●伊和神社(兵庫県宍粟市一宮町須行名407)
播磨国一の宮で、延喜式内社(名神大社)、旧社格は国幣中社。うっそうとした木々に囲まれた古社。旧因幡街道のほぼ中央に位置する伊和神社は、祭神は、大国主神(おおくにぬしのかみ)(大己貴神)で、農業・工業・商業等産業の神、縁結びの神、病気平癒の神として多くの人々の信仰を集めています。姫路駅からバスでいきました。途中一度乗り換え、とにかく遠かったです。

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▶入口に鳥居は立っておらず、参道を歩くと、途中に鳥居。木々が立派で神域に入ったという印象をうけます。

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▶さらに歩くと随神門があります。

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▶社殿は北向きです。一夜のうちに杉・桧等が群生して多くの鶴が舞っており、大きな白鶴が二羽、石上に北向きに眠っていたのでそのところに社殿を造営したという。その石を鶴石といい、社殿が北向きであるのもそのためという。

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▶拝殿 横から。

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▶幣殿 横から。

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▶ご本殿 横から。

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▶播磨十六郡神社 西八郡。

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▶播磨十六郡神社 東八郡。

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▶御霊殿。

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▶御霊殿の横からも参道があります。

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▶五柱社。

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▶社務所横の御神木。

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▶社殿右側の御神木。

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▶その御神木の横にこのような標石があります。

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▶階段を下ると鳥居があります。

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▶鳥居の奥に弁天様が祀られています。

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▶市杵島姫神社。

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▶伊和神社御朱印。

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