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2010年3月 3日 (水)

日向大神宮(H21.5.27)

●日向大神宮(京都市山科区日ノ岡一切経谷町29)
日向大神宮は、京都最古の宮で、古くは日向宮・日向神社・粟田口神明宮・日岡神明宮とも称し、社殿は神明造りで内宮・外宮が奉斎され「京の伊勢」として名高く、昔は東海道を往来する旅人たちの道中の安全祈願や、伊勢神宮の代参として多数参拝がありました。また、神社の入口の一ノ鳥居の所が粟田口(京の七口の一つ)に当り弓屋・井筒屋・藤屋の有名な茶屋があって旅人たちの送り迎えが行われ大変賑わいました。周囲の山は神体山で、日ノ山・神明山(東山三十六峯の一山)と称し、神域には桧・杉・松の老樹が繁茂し、桜・つつじ・紅葉が多く四季の風光明媚で大自然の幽邃の霊地であります。
日向大神宮は、社伝では顕宗天皇の治世期に、日向高千穂峯の神蹟(高千穂天孫降臨神話によって神聖視された場所ということ)を現社地の立つ山に遷して、当社信仰としての起源が始まったそうです。のち、天智天皇はこの山を「日御山(または日ノ山)」と呼び、清和天皇の治世期に当社が勧請されたといわれます。清和天皇は日向宮の勅額を賜い、醍醐天皇は延喜の制で官幣社に列し給いました。建武の戦乱中、新田義貞公は戦勝を祈願され良馬と太刀一振りを奉納されました。応仁の乱の兵火で社殿並びに古記録は焼失しましたが、松坂村の農松井藤左衛門によって仮宮が造営され、禁中より修理料を賜わり社殿の再興が行われました。後陽成天皇は内宮・外宮の御宸筆の額を賜いました。慶長年間徳川家康公より神領が加増され社殿の改造が行われました。後水尾天皇・中宮東福門院は修理料・御神宝を賜い、中御門天皇は享保14年4月両本宮の修理に際し神祇官領卜部兼敬卿を奉幣の儀に遣わされました。後桃園院天皇はたびたび御代拝を遣わされ、毎年御紋附き堤燈を賜いました。寛政4年12月女院御所より御初穂奉献、同6年9月泰礼門院及び女院御所中宮より同年11月には内侍所よりそれぞれ御翠簾の御寄進があり、文化6年11月外宮御遷宮、同7年5月内宮御遷宮に際し、光格天皇は御神宝を御寄進されました。その他仙洞御所・青蓮院宮・聖護院宮・梶井宮・桂宮の御参拝・御初穂の御奉献・宝物の御寄進があり、昭和4年10月御大礼調度品が下付され、昭和11年10月久迩宮は、御参拝・御初穂を御奉献、昭和12年2月御献木を賜いました。
現社地の立つ山を天智天皇が「日御山(今は神明山とも呼ばれています)」と名付けたことからも分かるように、この山は、現在でも神聖な山であると位置付けられています。そもそも辺りに色んな山がある中で、この山に聖地を興すに値するだけのものがあったから選ばれた訳であり、神社自体はこの山の頂上ではなく、麓の谷間に近い山腹にあるといった立地から、うっすらとこの神社信仰の淵源が伊勢信仰や高千穂信仰というよりも、神体山的な自然物信仰にあったであろうことが推測されます。また、神明山の尾根続きで、より東奥には大日山という、これも神聖として知られる山があります。別名東岩倉山といい、桓武天皇が京の四方に経典を埋納したという「四岩倉」の1つ「東岩倉」のあった場所だとされています。行基がここに東岩倉寺を開基したといわれます。
日向高千穂の聖跡にちなんで勧請されたのは、天孫降臨を命じた天照大御神と、命じられて降臨した孫の天津彦火瓊々杵尊(アマツヒコホニニギノミコト)を主祭神とする神々です。
主祭神を天照大御神とするせいか、この神社はいつの頃からか伊勢神宮に倣い、内宮と外宮から神域が構成されています。江戸時代より前の時代からそうなっていたことは確実で、内宮に天照大御神ほか、外宮に瓊々杵尊ほかを祀ります。そういうことから、この神社は京都にいながら伊勢神宮を参拝したのと同じご利益を得られる絶好の場所として有名になったそうです。

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▶一の鳥居

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▶民家の中の参道を行きます

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▶二の鳥居

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▶三の鳥居。一の鳥居から歩くこと約300メートル

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▶手水舎

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▶境内配置図。八百よろづの神々の頂点である天照大御神をご祭神としているだけに、外宮・内宮を配してあり、天満宮、猿田彦、厳島、恵比須、多賀の社など伊勢神宮と同じ形式でさまざまな社が配されています

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▶舞殿

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▶外宮(下ノ本宮)。屋根にはV字に見える千木(ちぎ)、鼓のような堅魚木(かつおぎ)が載せられています

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▶外宮ご本殿横から。天津彦火瓊々杵尊・天之御中主神をお祀りしています。京都では神明造の社殿は珍しい形態です

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▶猿田彦神社

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▶恵比須神社・天鈿女神社と朝日泉

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▶一段高くなって奥に内宮(上ノ本宮)

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▶天照大御神・多紀理毘賣命・市寸島比賣命・多岐都比賣命をお祀りしています

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▶内宮本殿は桁行正面1間、背面2間、梁行2間の神明造です

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▶影向石

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▶天照大御神を祀る神社だけあって、内宮からひと登りした所には天の岩戸があります

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▶洞窟の中には戸隠神社の祠がありますが、真っ暗闇で良くは見えません

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▶開運厄よけの神がお祀りされており、「天の岩戸くぐり」の日向大神宮とも云われてます。

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▶社務所の壁に雨に打たれたような朽ちかけた額がありました。以下の文章と共に古びた写真が掲げてありました。
「御神木(名木):清和天皇のお手植えの神木と伝えられています。地上三メートル位の所から七本に分かれ七股の桧(ひのき)と称し名木でした。昭和九年の台風で傷み十年に枯損しました。外宮、内宮の周囲には樹齢二百年以上の桧が数十本あり、荘厳な森でありましたが昭和九年の台風で全部倒れました」とありました

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▶神馬舎

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▶多賀神社・春日神社・五行神社

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▶福土神社

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▶山道をテクテク行きますと鳥居が見えてきます

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▶天満宮

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▶天満宮の奥にある祠。ご祭神不明

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▶厳島神社

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▶神田稲荷神社

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▶厳島神社・神田稲荷神社の向かいの森の中に鳥居がありました。詳細不明

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▶伊勢遙拝所の看板

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▶山の中を行きます。途中看板もないので若干不安になります

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▶それらしき何かが見えてきました

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▶伊勢神宮遙拝所。日向大神宮は京のお伊勢さんと呼ばれているだけあって、大神宮の名にふさわしい広さでした

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神社巡り 京都」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
ずっとコメントも出来ずでスミマセンでした。

伊勢神宮への参拝のご利益ってどんな内容なのでしょうか?
かなりのパワースポットのようなことを聞いたりするのですが‥

占い師の先生も、何かを思いついたように鎌倉から車を夜中走らせて伊勢に参拝に行ったそうです。
それも、また1週間後に再び行きたくなって行ったとか‥

何か惹かれるものがあるんでしょうね。

洞窟の中に祠って、なんだかとても怖いイメージが(笑)

こちらは、やっと「化野念仏寺」UPしました^^

いつも見に来てくださっててありがとうございます。
毎日、明け方まで大変そうですが、お身体壊さないように^^
私は、今すごい筋肉痛でございますわ(笑)

投稿: みちる | 2010年4月17日 (土) 13時04分

みちるさん こんばんは。

伊勢神宮は私も年に2回ぐらいお参りしています。
今月は余裕ができそうなので、伊勢に行く予定にしています。
大阪からでしたら電車で日帰りも十分できますしね。

お伊勢さんでご利益とかは考えたことはないですが、
そういうことを考える場所ではないのかなと思います。

今、神宮では平成25年の式年遷宮の寄進を募ってはるので、
少し寄付(千円以上)をすれば、外宮でも内宮でも
御垣内参拝(中で参拝)をさせてもらえます。

みちるさんもお仕事のストレスでたいへんそうですが、
お身体もたいせつにしてくださいね。

投稿: 神在月 | 2010年6月 6日 (日) 06時04分

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