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2010年2月 3日 (水)

神魂神社から八重垣神社(H21.4.21)

●神魂神社(かもすじんじゃ)(島根県松江市大庭町563)
神魂と書いてカモスと読むのは珍しいですが、説によると「神霊の鎮まり坐す所」つまり神坐所(かみますどころ)がカンマスになり、カモスとなったと言われています。神魂神社は、大庭大宮ともいい、通称、大庭の大宮さんの名で親しまれています。松江市の「大庭」という地名は神様の祭りごとをする場所のことらしいです。
この神社を造ったのは出雲国造家の祖である天穂日命とされている。天照大御神の第二子とされる天穂日命は、この地に天降ると、出雲の守護神として伊弉冊大神(イザナミノミコト)を祀った。それがこの神魂神社の始まりであるといいます。天穂日命がこの地に天降られ出雲の守護神として創建、以来天穂日命の子孫が出雲国造として25代まで奉仕され、大社移住後も「神火相(ひつぎ)続式」「古伝新嘗祭(にいなめさい)」奉仕のため参向されている。
本殿は室町時代初期、正平元年(1346)建立の大社造で、その大きさは三間四方高さ四丈あり出雲大社本殿とは規模を異にするが、床が高く、木太く、とくに宇豆柱が壁から著しく張り出していることは大社造の古式に則っているとされ、神魂神社は現存する大社造りの神社としては出雲大社よりも古く、最古の大社造として昭和27年国宝に指定されています。
神紋には「有」という字が使われています。神々が御集合になる目標として、神在月の十月の十と月を合わせて象形したものと伝えられています。

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▶一の鳥居

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▶二の鳥居

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▶二の鳥居横の山道。どこに辿り着くのか気になりました。

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▶苔生した参道を進むと手水舎(御手洗)があります。自然石をくり貫き、流れる湧き水を利用しているそうです。手水舎(御手洗)の所で参道はなだらかな「女坂」と急勾配の「男坂」との二手に分かれます

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▶女坂

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▶男坂

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▶男坂の石段を登り切ると、目の前に神社殿が聳えています。一見して、歴史的にも価値がありそうな建物で、威圧感があたりに漂よっているのを感じます。

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▶拝殿内部

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▶拝殿と国宝のご本殿。苔むした屋根、風雨でくすんだ木肌。造りは大社造と呼ばれる造りで出雲地方独特の様式です。大社造は神社建築の中でも原始的な造りで、派手な装飾はありませんが質素ながら荘厳さを感じます


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▶御釜殿。御釜殿内にその昔、出雲国造の租神である天穂日命(あめのほひのみこと)が高天原から降臨された時、乗ってきたと伝えられる釜が保管されています。12月13日にお釜神事があります

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▶熊野社

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▶伊勢社

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▶杵築社

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▶貴布禰稲荷両神社。桃山時代の建築様式である二間社流れ造りで、国の重要文化財に指定されている。流れ造りそのものが出雲地方では珍しい。

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▶外山社

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▶荒神社

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▶武勇社・蛭子社

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▶洞穴?詳細はわかりませんでした

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▶御朱印。前にお参りしたときに頂いたもので、日付が違います


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▶八重垣神社まで埴輪ロードというハイキング道になっています。テクテクと30〜40分歩きます

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▶埴輪ロードは古墳や遺跡の密集地なので少し期待しいていたのですが、しかし、遊歩道の両側に埴輪風の置物があるだけ・・・


●八重垣神社(島根県松江市佐草町227)
八重垣神社境内には連理大杉があり、縁結びの神でもあります。「早く出雲の八重垣様に、縁結びが願いたい」という出雲の古い民謡の一節からもわかるとおり、出雲の縁結びの大神として知られています。
八重垣神社、主祭神として主祭神として二柱の夫婦神を祭っています。八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治で名高い天津神の素盞嗚尊と国津神の稲田姫命です。ただし、女神の名は『古事記』では櫛名田比売、『日本書紀』では奇稲田姫となっています。
高天原から出雲国の肥の川(斐伊川)の上流に降り立った素盞鳴尊は、嘆き悲しんでいる老夫婦に出会いました。この老夫婦は脚摩乳(あしなづち)と手摩乳(てなづち)という神様で、8人の娘がいましたが、毎年やって来る大蛇に娘を次々に食べられ、今年はついに末娘、稲田姫命の番に。そこで素盞鳴尊は、稲田姫命をもらい受けることを条件に大蛇退治を請け負いました。
素盞鳴尊は、まず佐草にある「佐久佐女の森(現・八重垣神社奥の院)」の大杉を中心に八重垣を造って、稲田姫命をお隠しなさいました。そして次に用意したのは、強い酒が入った8つの桶。大蛇は、素盞鳴尊の作戦どおり8つの頭をそれぞれの桶に突っ込んで酒をあおり、酔っぱらってその場で眠ってしまいました。素盞鳴尊はすかさず剣を抜き、大蛇をズタズタに切り裂いて見事に退治し、「八雲立つ出雲八重垣妻込みに八重垣造る其の八重垣を」という喜びの歌をうたい、老夫婦との約束を果たしたので、素盞鳴尊と稲田姫命はめでたく夫婦となったのでした。稲田姫命の両親に承諾を得て結ばれた二人は、「いざさらばいざさらば連れて帰らむ佐草の郷に」という出雲神楽歌にもある通りこの佐草の地に宮造りして、御夫婦の宮居とされ縁結びの道をひらき、略奪結婚から正式結婚に至る模範を示し、正式結婚をした初めての大神とされ、縁結び、夫婦和合、授児安産に御利益がある神社として多くの人がお参りにやって来ます。これが八重垣神社のおこりで、社号も上記の歌に由来しています。
素戔嗚尊が建てた宮居は、もとは大原郡大東町にありましたが、中世に入り、この地にあった佐久佐神社に合祀されました。佐久佐神社は、青幡佐久佐比古命をお祀りしている神社で、延喜式にも登場する古社でしたが、縁結びの神として八重垣神社のほうが有名になってしまったため、明治11年、佐久佐神社から八重垣神社へと、社号を改め、現在に至っています。
また境内には椿の木が多く、その中でも3本ほど夫婦椿と呼んでいる木は、地面から2本の木が出て地上で1本になっているので、一身同体、愛の象徴として神聖視されています。年により2葉の葉が現れることもあり、ご神徳の表れと大切にされています。
本殿裏手、奥の院にあたる森(佐久佐女の森)の中は、稲田姫が八岐大蛇の難を避けられた時の中心地で、日々水を召し上がり姿を映された鏡の池があります。幻想的な雰囲気のあるいい場所です。この池のほとりには小さな祠があり、稲田姫命が祀られています。縁結び、心願成就占いの池として占い用紙に硬貨を乗せて浮かべ、縁の遅速を占う方の姿が毎日見受けられます。鏡の池では、半紙に硬貨を乗せて浮かべ、沈む速さによって良縁を占う恋占いが有名です。

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▶社号標

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▶鳥居の向かい側にある夫婦椿。根元は2本、地上で幹が1本にくっついているという、なんとも仲むつまじい椿。これは、稲田姫命が地面に立てた2本の椿の枝が芽吹いて1本になったという言い伝えがある「夫婦椿」で、一心同体、愛の象徴として神聖視されています。

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▶手水舎

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▶随神門

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▶拝殿

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▶ご本殿

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▶参集殿の中に保管されている超変わっている御神輿。生々しいです。

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▶ご本殿右側の脚摩乳社と伊勢宮

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▶「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる この八重垣を」の歌碑

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▶ご本殿左側の手摩乳社と貴布祢社

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▶宝物館。ここには、約1100年以上前に描かれたといわれる素盞鳴尊・稲田姫命・天照大御神・市杵嶋姫命、脚摩乳命、手摩乳命の六神像の貴重な壁画が保存・公開されています。実は、描かれた年代については諸説あるようですが、寛平5年(893年)、平安時代の宮廷画家だった巨勢金岡(こせの かなおか)によって描かれたとされており、国の重要文化財に指定されています。もともとは本殿の壁に飾られていたもので、昭和41年(1966年)に取り外されて修理、宝物館で保存されるようになりました。日本の絵画史上最も貴重なものといわれています。入館料は200円です

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▶山神神社

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▶奥の院鏡の池に向かいます

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▶ここにもこのようなものが・・・
黒光りしているけど、かなり使い込んだような、ちょっと擦れている男根(爆)

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▶奥の院側の手水舎

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▶光こぼれる清々しい奥の院への参道

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▶奥の院入口。奥の院は、神話の世界で佐久佐女(さくさめ)の森と呼ばれていた所で、原生林がそのまま息づいているような森で、小泉八雲はこの森を「神秘の森」と呼びました

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▶奥の院の入り口近くの夫婦椿・子宝椿

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▶大杉(夫婦杉)。素戔嗚尊が八岐大蛇を退治する際、稲田姫命が身を隠していたとされる場所です。大杉が天空に向かって聳えています

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▶天鏡神社。御祭神は、稲田姫命

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▶鏡の池。稲田姫命が森の大杉を中心に八重垣を造って八岐大蛇の難を避けるため、避難している際、日々の飲み水とし、また姿を写す鏡としていたという言い伝えがあり、「姿見の池」ともいわれています。こんこんと湧き出る清水が昔ながらの面影をしのばせ、稲田姫命の御霊魂が底深く浸透しているところから、縁結び占いの池として信仰されています

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▶池に浮かべた占い用紙。和紙の沈む速さで良縁の訪れが早いか遅いかが分かり、また和紙が近いで沈めば身近な人と、遠くなら遠方の人と結ばれるとされています

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▶そのままじっと待っていると、コインの重みで半紙に池の水が上がってきます

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▶約5分後、コインは沈んでいきました。

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▶御朱印。前にお参りしたときに頂いたもので、日付が違います

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