« 須佐神社(H21.4.19) | トップページ | 出雲大社(H21.4.20) »

2010年1月30日 (土)

日御碕神社(H21.4.20)

●日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)(島根県出雲市大社町日御碕445)
日御碕神社は島根半島の西端に位置し、上の宮に素盞嗚尊、日沈宮に天照大御神をお祀りしています。「上の宮」は「神の宮」ともいわれ素盞鳴尊を祀り、安寧天皇の13年に背後の隠ケ丘(かくれがおか)から遷されたものです。「日抗宮(ひしずみのみや)」は、須佐之男命の御子、天葺根命(あめのふきねのみこと)が御崎の浜(清江の浜)に出かけたとき、経島の百枝(ももえ)の松に瑞光が輝いて天照大神の神託があったので、この島に大神を奉斎しました。島の上に神殿を築き、これが『出雲国風土記(いずものくにふどき)』に載る「百枝槐社(ももええにす)」であるといわれてる)ともいわれ、西の海に太陽が沈むところだと言われています。ちょうど夏至の日、この日御碕神社と出雲大社、木次町の「日登地区」、そして和歌山県の日ノ御崎を結んだ直線上を太陽が昇り沈んで行くそうです。
素盞鳴尊の奇魂(くしみたま)と、日の神・天照大御神の和魂(にぎみたま)の御霊威をいただいた御神徳は「邪心を払い給う神」「厄除けの神」「産びの神」「縁結び、夫婦円満、家運繁栄の神」「交通安全の神」「殖産興業、安産の神」など、広く霊験あらたか、上世以来二十数回の造営すべてが勅命か将軍命によるものであることからも、御神威の一端がうかがわれます。また、戦国時代の大名、尼子氏が日御碕神社を尼子氏領国の守護神に指定したことにより、戦国期には日御碕神社は出雲大社と肩を並べる神社になっています。
現在の社殿は、日沈宮、神の宮ともに徳川三代将軍家光公の命で、日光東照宮建立の翌年、寛永十四年より幕府直轄工事として着工され、七年の歳月をかけて同二十一年の竣工で、三百六十余年を経ています。これら社殿の造営資金は、幕府から1200貰文(現在の金額で30~40億円)が寄付されています。桃山時代の面影を残す精巧な権現造りで、両本殿内部の天井四壁の絵は狩野、土佐両派の画匠による豪壮な趣きのあるものであります。昭和28年には、社殿のすべてと境内の石造建築物も含め、国指定重要文化財とされました。
ご祭神は出雲大神の父神に当り、出雲大社の奥の院・親神として、また伊勢神宮は昼を、当社は夜を守る神との信仰があります。歴史をたどると、『出雲国風土記(奈良時代)』に「美佐伎社(みさきしゃ)」、『延喜式(平安時代)』に「御崎社」と記されている古社です。
平安時代末期には平田市の鰐淵寺とともに山岳霊場として全国に知られていたらしく、『梁塵秘抄(りょうじひしょう)(後白河上皇撰、鎌倉時代)』にも記され、平安時代末に都で流行した歌謡にも歌われていました。そして、室町時代には、当時の室町幕府(将軍足利義澄)から「日御碕造営勧進簿」をもらったことが史料にのっています。

Dscf0963_800
▶日御碕神社バス停前の一の鳥居

Dscf0905_800

Dscf0916_800

Dscf0909_800
▶手水舎

Dscf0910_800

Dscf0962_800
▶楼門。楼門を抜けると正面の「下の宮(日沈宮)」と、右手の石段上に「上の宮(神の宮)」があります。

Dscf0904_800

Dscf0871_800_2
▶日沈宮拝殿。本殿蛙股(かえるまた)(上を支えるための蛙の股のような建築部材)を中心とする彫刻は、竜虎をはじめ鶴亀や松竹梅、そして日光東照宮のように「見ざる、言わざる、聞かざる」の猿をかたどった見事な彫刻が施されています。

Dscf0900_800
▶日沈宮ご本殿

Dscf0880_800_3
▶日沈宮拝殿とご本殿

Dscf0903_800

Dscf0872_800
▶神の宮拝殿

Dscf0874_800
▶神の宮ご本殿

Dscf0906_800
▶右の門客人神社

Dscf0907_800
▶左の門客人神社

Dscf0875_800
▶神紋石舎

Dscf0873_800
▶御神砂之碑

Dscf0876_800_2

Dscf0878_800
▶稲荷社

Dscf0881_800
▶御井社?でしょうか?

Dscf0884_800
▶荒祭宮

Dscf0888_800_2
▶神倉のような社殿

Dscf0889_800_2
▶摂社 荒魂神社

Dscf0887_800
▶神倉の横の末社

Dscf0895_800_2
▶昭和天皇陛下御製の御歌。昭和57年くにびき国体に行幸のみぎり、日御碕神社にご親拝された際に賜った御歌とのことです。

Dscf0897_800
▶蛭児社

Dscf0899_800
▶韓国神社

Dscf0922_800
▶境外摂社 厳島社でしょうか?社標が消えていてわかりませんでした。

Dscf0964_800
▶祖霊社

Dscf0970_800_4
▶境外社 順式社。右奥のお稲荷さんは詳細はわかりませんでした

Dscf0923_800
▶港側(経島)の鳥居

Dscf0955_800

Dscf0933_800
▶日沈宮は、当初「百枝槐社(ももええにす)」として経島に祀られており、この島(大小二つの島からなり、面積約3000平方メートル、高さ20メートル)は今も神域であり、一般の人は入島が禁じられています。
この島の名は、島全体を覆おうデコボコの流紋岩が柱状に発達(石英角斑岩の柱状節理)し、ちょうどお経の巻物を積み重ねたように見えることからこの名前がついたと言われています。

Dscf0960_800_2

Dscf0959_800
▶また、この経島は青森県の「蕪島(かぶしま)」と共に日本では数少ないウミネコ(カモメ科)の繁殖地として国の天然記念物に指定(大正11年)されています。

Dscf0954_800_2
▶ウミネコの数は数千羽にも達し、ここが繁殖地となったのも、経島沖がイワシ、サバ、アジ、ブリなどの好漁場で餌が十分であったことと、この島が神域で人が立ち入らなかったからでしょう。また、この鳥は魚群を知らせる水鳥として漁師さんにかわいがれています。

Dscf0936_800
▶日御碕灯台
この海成段丘に立つ日御碕灯台は、世界灯台100選や日本の灯台50選に選ばれた日本を代表する灯台で、歴史的文化財的価値が高いため、Aランクの保存灯台となっています。日本の灯台50選に選ばれています。明治32年に浜田(島根県)、境(鳥取県)の両港が開港場に指定されて外国貿易がさかんになったので、大型の沿岸灯台設置の必要性が高まり、明治36年に設置・点灯されたものです。高さは基礎から頂部まで43.65メートルで、今なお日本最高の灯台、石積みの灯台としては東洋一の高さとして有名です。平成10年には、この日御碕灯台は「世界の歴史的灯台百選」の一つとして選ばれました(国際航路標識協会がまとめた「世界各国の歴史的に特に重要な灯台百選」

Dscf0940_800

Dscf0944_800

Dscf0945_800_2
▶日御碕遊歩道。日御碕から桁掛半島を経て鷺浦に至る地域では、日本海に面した海食崖に沿って、およそ1,600万年前に噴火した流紋岩のさまざまな産状を見ることができます。日御碕灯台から遊歩道のあるところは流紋岩が最も厚く分布しているところです。

Img062_800
▶御朱印。前にお参りしたときに頂いたもので、日付が違います

|

« 須佐神社(H21.4.19) | トップページ | 出雲大社(H21.4.20) »

神社巡り 島根」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1038526/33175938

この記事へのトラックバック一覧です: 日御碕神社(H21.4.20):

« 須佐神社(H21.4.19) | トップページ | 出雲大社(H21.4.20) »