須佐神社(H21.4.19)
●須佐神社(島根県出雲市(旧・簸川郡)佐田町宮内730)
須佐神社は、出雲国風土記にも登場する由緒ある古社。全国に数多くある須佐之男命(スサノオノミコト)ゆかりの神社の中で唯一、御魂をお祭りしている神社です。須佐之男命を主神とし、稲田比賣命、脚摩槌命、手摩槌命を配祀されています。
出雲風土記飯石郡の條に「須佐郷、郡家の正西一十九里、神須佐能袁命詔り給はく、此の國は小き國なれども、國處なり、故我が御名は木石に着けじと詔り給いて即ち己命の御魂を鎮め置き給いし處なり。然して即て大須佐田小須佐田を定め給いき。故、須佐という。即ち正倉あり」と載せてあります。即ち御神徳の宏大なる須佐大神が自ら御魂を鎮め置き給いし、いとも尊き御社であります。須佐之男命の御社としては他に其の比儔を見ざる處であります。須佐は須佐之男命の御終焉の地御鎮魂の聖地御名代としての霊地であり、須佐之男命の御本宮として古より須佐大宮、十三所大明神、出雲大宮と稱え朝廷をはじめ國守藩主、武将の崇敬は申すに及ばず世の人々の崇敬あつい神社であります。
明治に至るまでに幾度か神社名が変わっており、奈良時代には須佐社、平安時代には須佐神社、室町時代には十三所大明神、天文年間には大宮大明神、近世では須佐大宮あるいは出雲大宮、そして明治4年に須佐神社と制定されました。
江原啓之さんご推薦ということで、テレビや雑誌などで日本一のパワースポットと紹介され、にわかに注目を集め始めています。須佐神社へは、出雲市駅から一畑バスで行くしかありません。朝方は2時間に1本ぐらいしかありません。出雲市駅からバスに揺られること40分、終点の出雲須佐へ到着。そこからタクシーで約5分。出雲須佐のバス停前に丁度タクシー会社があるのですが、車が2台しかありません。それを知らず、帰りタクシーを呼んだのですが、出てしまっていて、2時間ぐらいかかると言われて、最終バスにギリギリでした。
▶参道左右の東末社・西末社。天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野樟日命(、市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命をお祀りしています
▶塩井。須佐神社の七不思議のひとつ。海に続いていて、水の湧き出しに間渇があるのは、海の満ち引きに関係があると言われています。
▶ご本殿。2間四方の大社造。現在のご本殿は、戦国武将の尼子晴久の時代天文23年(1554)に建て替えられたものでで、出雲大社とともに代表的な大社造りの建物です
大社造とは、四方の柱の間に一本ずつの柱がある。即ち方二間で中央に真柱がある。中央と右中間の柱との間を壁でとじ、その奥を神座とする。向かって右方一間を入口とし階(きざはし)をつくる。この入口が右方に偏っていることは、他の神社や仏寺には全く例のないことで、神社と住宅が分離しない原始の建築を伝えている。屋根は切妻栩葺(きりつまとちぶき)で妻の方に入口がある。出雲大社と共に典型的な大社造りの建造物で島根県重要文化財として指定されています
▶ご本殿裏の大杉さん。悠久の時に包まれた境内は、青々と樹木が生い茂り、聖霊な空間に閉ざされたような緊張感が漂います。
▶百手神事が執り行われていました。4月19日の古伝祭で午後に行われる、悪魔退散・五穀豊饒を祈願する弓射神事。
▶三穂社。通称、下の御前さん。三穂津比売命をお祀りしています
▶天照社。ご祭神は天照大神。神社の前の道路を挟んで向かい側。須佐神社の本殿と一直線に対峙するように建っています。上の御前さんとも呼ばれる。中世には伊勢宮と呼ばれていました。
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コメント
たよりなく まちしくらして しらぬまに みじかしかみも かたをすぎたし。 。 。 。あさよ。。
ずっと連絡待ちながら、何気ない日々を暮らしておりましたら、あれだけ短かった髪の毛も、肩を超えてこんなに長くなってしまったことですよ。
投稿: あさはた | 2017年5月13日 (土) 22時29分