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2008年7月19日 (土)

出雲大神宮(H20.7.16)

●出雲大神宮(京都府亀岡市千歳町千歳出雲無番地)
出雲大神宮は、国づくりの神話で有名な大国主命(オオクニヌシノミコト)とその后、三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)を主祭神とする由緒ある神社です。ご祭神については、天津彦根命・天夷鳥命・三穂津姫命の三柱とする説や、元々は三穂津姫尊一柱のみであるという説もあります。大国主命については、出雲国の出雲大社(杵築大社)から勧請したとされるが、逆に出雲大社の方が当社より勧請を受けたものとする説もあり、「元出雲」とも呼ばれる。『丹波国風土記』には、「元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す」との記述があります。
和銅2年(709)10月21日に社殿を造営とあり、それ以前から、存在していたと考えられています。社伝によると、ご鎮座は1万年以上前とも言われています。平安時代の延喜式神名帳には、名神大社、丹波国一の宮と定められ、深い信仰を集めてきました。また、農に関わる行事として、毎年1月には、1年の稲作の吉凶を占い、豊作を祈願する粥占祭(よねうらさい)が行なわれ、毎年4月には、鎮花祭が行なわれ、「出雲風流花踊り」が奉納されますが、これは、古くから日照りの害が多かったこの地域の雨乞い神事を起源としています。
旧社格は国幣中社で、戦後は神社本庁などの包括宗教法人に属さない単立神社となっています。旧称を出雲神社。京都バスのバス停も出雲神社になっていました。背後に「千年山」という神体山があることから「千年宮」とも呼ばれています。いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで杵築大社と称していたため、江戸時代末までは、出雲神社と言えばこの出雲大神宮を指していました。吉田兼好が徒然草で記した「丹波に出雲と云ふ処あり」の「出雲」とはこの出雲大神宮のこと。
島根県の出雲大社は、日本最古の神社の一つといわれ、出雲信仰の総本社ですが、出雲大神宮の社伝では、この地から出雲の地へ分霊したとも伝えられています。大国主命は、天津神が地上に降臨してくるまで、地上界(葦原中つ国)を束ねる国津神の総領でした。この大国主命は、国津神が降臨してきた後に国を譲り渡し、その代わりとして出雲国(現島根県)の出雲大社に祀られることとなったのでした。三穂津姫命は高皇産霊神の娘であり、国譲りの際に大国主命と結婚した后神です。この2神を祀るため、現在では出雲大神宮は、縁結びに絶大な霊験を発する神社として知られるようになりました。江原啓之さんや李家幽竹さんがパワースポットとして紹介していることでも有名です。

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▶手水舎。

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▶真名井の水。境内から湧き出るこのご神水は、飲めば幸福を招き長寿になるとされています。日本水質保健研究所によれば、古生代の石灰岩層をつたって火山噴火でできたマグマの接触変成岩層から湧き出ている水で、ミネラルがバランスよく含まれる極めて健康によい理想の水であるとするなど地質学的に実証されております。このような水は自然界の中でもほんの一部しか存在しないという事です。

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▶真名井の水のすぐ近くの夫婦岩。

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▶出雲大神宮は平成21年社殿創建1300年記念事業の大改修中でそのための寄付ののぼりです。一番下に李家幽竹さんのお名前がありました。

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▶拝殿からご本殿。拝殿は母屋造、妻入で本殿と同じく檜皮葺を施した舞殿形式の建物であり、明治11(1878)年に官費により造営されました。ここでは10月21日に斎行される例大祭や4月18日の花鎮祭に巫女による御神楽「浦安の舞」が奉納されます。

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▶現在の本殿は鎌倉時代末期の元徳年間、あるいは貞和元(1345)年に足利尊氏が修造した事が当時の史料から知られています。しかし近年、三枚の棟札が発見され、そのうち文安2年(1445)11月26日のものは「御願主源右享(京)大夫殿」とある点を考慮し、社殿造営に関して室町期に管領職として幕権を掌握した細川勝元との関係も考えられています。造りは中世神社建築に多く見られる三間社流造平入で、建坪十四坪弱、檜皮葺を施しており、明治39年(1906)に旧国宝、現重要文化財に指定されています。平面は正面に一間の向拝をもうけ、前庇を外陣、身舎を内陣・内々陣にあて、奥に行くに従い格式を高めています。外陣と内陣部分には高欄付きの縁をまわし、身舎側面の中央柱の所に脇障子を立てて見切り、身舎後半部には縁をまわしていません。

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▶御神木 招霊木(オカダマノキ)。暖地に生える常緑高木。京都府には自生種はまだ見つかっていない。オカダマというのは招霊(オギタマ)の意と言われ、神事に用いられてきた。花は香り高く、主に神社に植えられている。材は固く家具などに用います。この木は参拝者に神徳を与え、人々に幸福を授くと伝えられ、神宿る木として崇められてきました。樹齢1500年以上と推定されています。

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▶拝殿前のこの道から磐座・摂社末社にお参りします。

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▶しばらく行くと鳥居が見えてきます。

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▶春日社。御祭神は御雷之男神(タケミカヅチノオノカミ)天兒屋命(アメノコヤネノミコト)。
大国主命による国造りが完了して、皇孫に国譲りの際、天津神の使者として遣わされたのが建御雷之男神です。大国主命は御子神の事代主命に尋ねて決定すると伝え、事代主命はこれに賛同なされました。またもう一人の御子神である建御名方神がいると申し上げた所、その建御名方神は自分の国に来て勝手な事をしているのは誰だ、と建御雷之男神に力競べを挑みます。これに勝たれたのが建御雷之男神で、全国に多々お祀りされる春日社の御祭神として、また敗北された建御名方神は遠く諏訪の地に逃れられ、そこで皇室をお守りすると誓われました。た古来より祭祀を司ってきたのは藤原氏で、その祖と仰がれた天兒屋命をお祀りしています。建御雷之男神と共に春日大社の御祭神で、当宮ではその御分霊を奉斎しております。これは中世、藤原氏の一族、一条(後の西園寺)家が当宮の領家職であった事に由来します。

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▶磐座。ご本殿の真後ろの山道にあります。目に見えない不思議な霊力を与えるとされています。李家幽竹さんのオススメのパワースポットらしいです。李家幽竹さんによると、「ここも、すご~く強いスポットですので、超おすすめデス。 本殿周りも、強いスポットなのですが、なんと言っても、本殿の裏にあるこの磐座がパワーの発生源だと思われます。岩の近くに行けるので、岩にふれたりしてパワーを体感してみて下さい。 」とのことです。

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▶車塚古墳。ご本殿後方の山にある境内古墳。5世紀~6世紀書の前方後円墳と推定されており、後円部の残りは良く、円丘部分が確認できます。また、横穴式石室が保存のいい状態で開口しており、内部の様子が観察できます。 

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▶山の中の参道、境内の至る所でご神岩があります。

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▶稲荷社。

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▶稲荷社の横のみかげの滝。

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▶みかげの滝、横から。

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▶みかげの滝、上から。

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▶上の社。ご祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)と櫛稲田姫尊(クシイナダヒメノミコト)。天照大神のお怒りをかい、高天原から追放された素戔嗚尊は出雲国に天降りまして、手名椎、足名椎神の女である櫛稲田姫尊を八俣大蛇の生贄から守り娶られました。その時に素戔嗚尊が詠まれた「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣つくる その八重垣を」という和歌は最初の和歌と伝えられています。また記紀によれば素戔嗚尊の子、また5世あるいは6世が当宮主祭神の大国主命であると記されています。 上の社本殿は向拝を設けるなど出雲大神宮本殿を模倣した流造ですが、その造りは一間社と珍しい構造で、創建は文化10(1813)年と擬宝珠に刻まれています。

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▶上の社から国祖磐座への道。

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▶国祖磐座(大八洲国国祖神社)。

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▶本殿の後に、美しくそびえる御蔭山そのものが「出雲大神」として、太古より崇められていた御神体山で、この御蔭山は、国常立尊(くにとこたちのかみ)の身体そのものです。御影山は禁足地ですが、この磐座までは登ることが許されています。

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▶神々が御降臨遊ばされたのは御神体山である御蔭山で、出雲大神宮の本殿が立てられる以前から公武を問わず、尊崇を集めてきました。古は千年山とも呼ばれた様に、永続の根本、つまり国の最も優れた中心地でありました。 御蔭山は国祖として知られる国常立尊がお鎮りになられ、『富士古文書』には当宮御祭神の三穂津姫命が御奉仕し、お隠れになられた折にはこの御蔭山に葬られたと記されています。丹波国風土記には、大八洲国国祖神社(おおやしまのくにのみおやのじんじゃ)と記され、また「元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す。」とあります。

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▶拝殿前にあった大八洲国国祖神社の案内板。

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▶笑殿社。御祭神は、事代主命(コトシロヌシノミコト)と少那毘古名命(スクナヒコナノミコト)。事代主命は当宮の主祭神大国主命の御子神であり、皇孫に対する国譲りに功績のあった神様でありまして、託宣を司る御神徳で著名です。また少那毘古名命は国譲り以前の国造りに際して大国主命に御協力遊ばされ、共に温泉を衆庶に広めて医薬を教え、その完了後は常世国にお移りになられました。

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▶辨財天社。御祭神は市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)。素戔嗚尊が天照大神への忠誠を示す為、誓約(うけい)が行われ、天照大神は素戔嗚尊の剣を砕いて息吹をお掛けになられたところ、三女がお生まれになられました。宗像大社にはこの三女神がお祀りされており、その一人の御分霊をお祀りしています。

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▶社務所後ろの祠。ご祭神は不明。

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▶西門。

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▶西門をでたところにある出雲庵という手打ちお蕎麦屋さん。そばの実を石臼で挽いたそば粉に当地の名水を加えて打ったそばは、コシと風味が絶品で非常に美味しかったです。ドクターコパさんや五木寛之さんなどの有名人の写真がいっぱいありました。

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▶出雲大神宮御朱印。

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投稿: あさはた | 2017年5月 5日 (金) 19時14分

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